コバルトブルーに流れる
ドアが開く音が闇にゆっくりと溶けて消えた。
ざっと砂利を踏みしめる音が近づく。
振り向く必要さえ皆無だ。
今そこにいてもいい人物なんてただ1人しかいないのだから。
別に待ち合わせをしたわけでもないし、来て欲しいとせがんだわけでもない。せ
がまれたわけでもない。
ただ、なんとなく同じ時間にここに来てしまうのだ。
神様がくれた2人の2本ずつの足はやっぱり依存症という名の病気に侵されてい
る。
「―そろそろ、会いに行こうと思ってた」
「 嘘」
「ははっ、やっぱりバレるか」
「だって会長第一声いっつもそれじゃないですか」
「気のせいだよ」
「それじゃあ、私が自意識過剰みたいになります。前言撤回してください。」
「やだね、漢に二言はないんだ」
「男尊女卑だ」
「お前それ使い方間違ってるぞ」
ソファに2人で座り時々言葉を交わしながら過ごす静かな夜がとても好きだった
。
昼間の生徒会の賑やかさとは違う空気が俺たちの周りで流れる唯一の時間だった。
2人きりに緊張して喋らないとかそういうのじゃなくて、
そのとき限りはお互いにお互いが隣にいるというだけで満足だった。
それは決して強がりなんかじゃなく。
「明日、退寮する。」
「…はい。」
「最長記録だって笑われたよ。
でもやっぱりそろそろ年寄りは出ていかなきゃな。」
「そだね 」
「こら、そこは否定しろよ」
「"出て行かなきゃな"に肯定したんです。
年寄りはさすがに否定しますよ。」
「それはそれで悲しいな」
「どっちですか」
いつも通り笑おうとするのにどうしてか渇いた笑いしか出てこない。
しっかりしろ、俺。
視線が自然に落ちる。
今、月子の顔を見たらきっと俺が泣いてしまう。
空を見上げたり、足元の砂利を意味もなく均してみたりして
しばらくの沈黙を紛
らわした。
今、お前は何を考えてる?
俺はそればっかりを考えてるよ。
おそらく解答の選択肢は2つ。
何も考えてないか、何かしらとても考えてるか。
そんな捻れた問答を心の中で何回か繰り返した。
そんな時、いきなり左側ががくっと重くなって心が引き戻される。
少し低い位置から俺の裾を引く月子の姿がいつもの何倍も小さく見えた。
「―――、」
1回口を開き、また閉じる。
いつもは強気な癖にこういう時だけやけにぐるぐると考え込む月子の悪い癖だ。
そして、またしばらくしてから言葉を紡ぎだす。
「――いつでもいい。
――何時でもいい。
夜明けでも真夜中でも真っ昼間でも。
ほんの、ほんの少しの時間でいいんです。」
ぐっと涙をこらえた子供みたいなぐずり声。
なのに何故かどんなに透き通った声よりも、とても、とても周りを響かせた。
「少しでいいから毎日私のことを想ってください。
それで、我慢します 」
すでにオーバーヒートした様子で言葉を吐き出すと、
限界容量を越した涙がボロボロと零れ落ち、綺麗な春色の服を濡らしていった。
「…ほんとにお前は素直じゃないなー」
「そんな、の私が、1番、わかっ、てるよ、!」
正解は後者だったな。
おいで、と腕を開くとおずおずと中に収まる月子の涙をそっと拭う。
ああ、なんて、狂おしいほど、愛おしい。
「むしろほんの少し思うぐらいで満足されると俺が困る。」
「何が言いたいんですか」
「つまり、お前が望まなくても俺はずっとお前を想ってるってことだ、悪かったな!」
「あはは、なんで逆ギレ?」
まだ渇いてない涙を光らせながら「やっぱり会長は一言余計ですね」、なんて
いつもみたいに無駄口を叩くから「ほっとけ」と頭を小突く。
お願いだからこんな夜にそんな無防備な姿を晒してくれるな。
今だけは空にさえお前の姿を見られるのが惜しい。
2010/03/12