私の頬を伝う水は枯れることを知らなかったのか。一筋、二筋。流れるごとに勢 いを増すようだ。
卒業式後誰とも話さず誰とも顔を合わせることなく走って生徒会室まで来た。誰 にも会わずに済むならばどこでもよかった。

卒業おめでとうございます、

なんて絶対言えない。心にも思っていないおめでとうなんてただのゴミクズだ。

いつも会長が寝ていたソファに膝を抱えて座る。
ああ、やっぱり失敗したなあ…
ここに来るべきじゃなかった。水が止まらない訳がやっとわかった。ここには会 長の面影がありすぎる。

膝に顔を埋め、小さく小さくなる。そのまま小さくなりすぎて消滅してしまえば いいと思った。




私がここに来てからどれくらい経ったんだろうか。
足音が聞こえて顔をあげた。やばい、直感的にそう思ったとしか言いようがない が、
これはやばいと思った。

いつもはあの足音の持ち主がいつものように無駄に豪快にドアを開けてくれる瞬 間を今か今かと心待ちにしてたのに。
開けるな開けてくれるな。
今日ばかりはそう思ってしまう。
しかし神様ってのは厳しい。そう思っているときに限ってドアが開いてしまうのだ。

「こらぁー!!月子おー!!!」

ビクッと肩が跳ねるのがわかった。そんなに怖じ気づくことじゃないだろう。だ けど第1声が出ない。いろんな言葉が喉の奥で詰まる。

「っ何で来たんですか…」

やっと言葉が出た。というか、何わかりきったこと聞いてるんだよ、私は。

「ああ?そんなのお前がここにいるからだろうが!」
「…ですよね」

ああ、やばい。完全にお怒りモードだ。

「お前なあ!!見送りぐらいしたらどうなんだ!俺はお前の何だ!?」
「彼氏です…」
「そうだろう!愛する彼氏がやっと卒業なのにおめでとうの1言も言えないのか!」
「言えません」

だから言いたくないんだって。
また溢れ出てきた水を隠すように顔を膝に埋め、乱暴に水を拭き取った。
少し遠くから会長の溜め息が聞こえた。そりゃ呆れられるだろう。どんなワガマ マ彼女だ。

「月子顔あげろ。」
「…なんですか」
「やる」
いつの間にか私の目の前にあった会長の手の中にあったのはおそらくボタン。
ぼやける視界に写し取られたそれはちゃんと輪郭を保っていなかった。

「いりません。」
「何でだ」
「いらないからです。」
「理由になってないぞ」
「理由なんてそれだけで充分でしょう?いらないものを貰わない理由なんていらな いから以上に何があるんですか」
「その"いらない"理由が充分じゃないんだよ」
「…何、人の揚げ足とってんですか」
「お前がとらせたようなものだろう」
「…もう、出てってください。」

これ以上会長と話してたら会長を傷つけそうで怖いです。
沈黙ができた。私がつくった長い長い沈黙だった。その沈黙を破ったのは 長い溜め息だった。

「まあ、別に俺はいいけどな。だけど、お前絶対後悔するぞ?」
「…」
「今日俺におめでとうと言わなかったこと。ボタンを受け取らなかったこと。笑 顔で俺を見送れなかったこと。こんなとこでいじいじしていたこと。」
「…」
「全部全部後悔してからじゃ遅いんだからな!!」

それだけだ、じゃあな。そう言って会長は出て行った。なんて簡単な別れ。
あれだけで本当に出て行ったのだ。
顔をあげた。誰もいなかった。
決して永遠の別れじゃないってわかっていた。だけどそのドアが私と会長の間を 隔ててしまったことが永遠になってしまったようでやっと我に返った。会長の言 葉を何回も反芻した。何回も何回も飲み込んでやっと意味がわかった。水は脳み そまで溶かしてしまっていたらしい。

「何やってんの私…」

馬鹿じゃないの!!ソファから飛び降り急いで生徒会室を飛び出した。





運命に玩ばれる事こそ私たちに出来る
精一杯の悪足掻き