俺がこの教室にくることは滅多にない。教室の入り口にあるプレートには「2年 天文科」の文字。天文科と星座科の教室はそう遠くない距離を保っている。遠くないけれど、そこには距離が存在している。それは、俺が天文科の教室のドアを潜ることを躊躇する理由として十分な距離だ。 星月学園の全部活動は5日前から一斉に休みになった。テスト一週間前は学生にとって幸せと苦痛が入り混じったあいまいな時間だ。俺にとってはほぼ苦痛と言っても過言ではない。部活が休みになると夜久に会うにしてもいちいち口実を作らなければならなくなる。そんなまどろっこしいことをしなければ会えなくなる。2人の間にできた壁は俺にとって簡単に壊せるようなものじゃなかった。 しかし今日、そんなの知るかと思いっきり壁を蹴り飛ばし夜久はこっち側に手を伸ばしてきた。

『会いたい』

昼休みにきた一通のメール。
たった4文字の味気ないメールでどれだけ俺が舞い上がったことか。最後の授業の終わりのチャイムと同時に荷物をまとめ、天文科の教室から人気がなくなる時期を見計らい、小走りでやってきた。しかしドアに手をかけたのはいいが、なぜかなかなか開けられず、しばらくドアの前でぐずぐずしていた。しかし、ずっとそんなこともしてられない。体の中の空気を入れ換え、やっとの思いで重い手に力をこめ、ドアを開ける。

夕陽が差し込む窓際の席。そのまま声もかけずにいたら、透けて消えていってしまいそうなくらい眩しくて、いくら俺が手を伸ばしても届かない存在なんじゃないかと一瞬錯覚をおこしてしまいそうだった。
夜久がこちらを振り向く。
逆光で顔が見えず、焦燥感に駆られ、早足で教室の奥まで突き進む。

「宮地君?」
「…遅くなってすまない」
「ううん。来てくれてありがとう。」

ふわり、と笑う夜久に思わず手を伸ばし、引き寄せる。触れていないとそこにいるという事実さえも疑ってしまいそうになる。 手が届く、そこに夜久がいる、引き寄せればいつもの様に身を任せてくれる。そんなことにいちいち安堵する。 「外、見てたの。」
「何かあったのか?」
「今日は特に夕日が綺麗だなあと思って。」
「そうだな…綺麗だ。」

こうして外を見ていると今にも2人とも夕日に飲み込まれてしまいそうだ。

「ねぇ、明日は私が宮地君のところに会いにいくね。」
「あぁ、待ってる。」

約束、そう言って出した夜久の白い小指に自分の小指を絡めた。





4.夕日に透けた髪