幼き故にその想いは恐ろしく純愛
学生時代は体育という授業は一体何が楽しいのかこれぽっちも理解ができなかった。一体全体何でこの寒い中半袖半ズボンを強制され、グランドを何周も走らなければならないのかと、真剣に考えた時期もあったが、成程、みんなでわいわい騒ぎながら体を動かすのは確かにもう公園で走り回る年じゃなくなった子供と大人の間を行き来する子達にとっては自分を解放し発散できる、最高の子供に戻れる時間なのだろう。しかしそうは言っても、もう外は木枯らしが吹き荒れている。今日は昨日よりもぐんと気温が下がり、保健室も暖房もつけている。暖房をつけるのはいいことだ。部屋が暖かくなると、いつもより気持ちよく眠りに落ちれる。その時の気持ちよさなんてのは、やってきた睡魔に両手を開いてきつく抱擁し、さすが人間の三大欲のひとつを牛耳る存在だなと誉めちぎりたくなる。それぐらい気持ちいいのだ。しかし、いいところばかりなどという、そんな優しさの塊はこの世の中に一つもありはしない。車だって二酸化炭素を排き出すし、自転車は上り坂を登るために人間に疲労を背負わせる。暖房だってその例から漏れず、定期的に換気を行って折角暖めた空気を逃がさなければいけないのだ。がらがらと窓を開け、外を眺める。結露がついた窓からは見えなかった外の景色が広がる。
「…あぁ、寒い」
思わずそう呟いた言葉は白い息となって消えた。何もすることもなく、暇潰し程度にはなるかと思い、窓から外の様子を見ていた。ここの学校の保健室は、グランドが一望できる絶好の場所に位置している。今も外では体育の授業が行われている。授業終了を告げるチャイムが校内に鳴り響くと、学校全体が息を吹き返したかのようにざわざわと騒がしくなる。やがてバタバタと廊下の向こうから走ってくる音が聞こえた。訪問者か。ここにくるのは大抵、病人怪我人か、暇人か――
「ふわあ。寒い寒い!!」
――保健係だけだ。
「さっき体育をしていたのは、天文科だったか」
「いえす、あい どぅー。ああ、do じゃなくて did か…」
「…寒さで頭やられたか?」
「まさか!すごいまとも!先生こんなまともな生徒見たことありますか!?」
「ないな…こんな異常なのにまともと言い張る生徒見たことない」
「…失礼な。」
暖房の暖かさだけじゃたりなかったのか、ベッドから布団持ってきて体に巻き、椅子を引っ張り出してきて俺の横にちょこんと座った。
「お前着替えるためにここに来たんだろ?早くしないと次の授業遅れるぞ?」
夜久は体育の更衣を保健室で行う。女子用の更衣室はあるのだが、なぜかそこを使いたがらない。
「いいんですよ。次の授業はサボタージュしますから」
「授業にはちゃんと出ろ」
「もう陽日先生には気分が悪いので保健室にいますって言ったから今教室行ったらある意味不審者です」
用意周到な奴め…何だか授業に出ろと強制する気分にもなれず、そのまま黙って外を眺めていた。外にはちらほらと次にグラウンドを使うクラスの奴らが出てきていた。
「寒い中ご苦労様だなあ
―何してんだ?」
横の蓑虫少女は椅子の上に立ち、布団をばっと開き窓の外を睨みつけていた。
「立ってます」
「知ってます」
「先生、驚かないで聞いてください。なんと今から凄く楽しいことがおきます。」
「…」
「なんでそんな目で見るんですか!?」
「いやあ、世の中の可哀想な子はどうやったら救済できるのかなあと思って。」
「ばーか!星月先生のばーか!」
そう言って夜久はそのまま回れ右をして、俺の方に倒れてきた。 慌てて体制を作り、夜久を受け止める。思い通りの落下点にちゃんと収まった夜久は満足げににやりと笑った。いやいや、こっちは冷や汗ものですから。
「ナイスキャッチ」
「全然楽しくないぞ?」
「いやいや、これからですよ」
元蓑虫少女はにやにやと笑ったまま自分に巻いていた布団をご丁寧にも俺の方にも回して、簡単に言ってしまうと、1枚の布団に2人がおさまってしまう状態にした。
「お、おい!」
「はい、星月先生確保ー」
「こら、離れろ!」
「せんせあったかー」
すっぽりと布団を布団を頭からかぶり、俺の腰に手を回してきた。こんな状態一体誰が予想しただろうか。不可抗力だ。
「いいか、夜久。俺は今仕事中なんだよ。お前と遊んでる暇はないんだ。というわけで離れろ。」
「今の今まで暇そうに外を眺めてたのは誰ですか」
「あれも仕事のひとつだ」
「何言ってんですか。どこが仕事なんですか。10文字以内で答えてください。」
「(10文字!?)…怪我人の把握・・・・?」
「よくできましたー」
へへっと笑う夜久の暖かい息がこそばゆい。どうも夜久に踊らされてる気がしてならない。この発達途上の細い体を突き放そうにも突き放せなくて、抵抗することをやめた。言葉で言うほどこの状態が嫌ではなかった。
「せんせー」
「なんだ」
「私、今幸せです」
「そうか」
俺は夜久の気持ちに気づかないほど鈍くはないが、気持ちに応えてやれるほどの人間ではない。 突き放すのは簡単だ。そうしなければいけないとわかっている。ずるずるとこの状態を引っ張ることが今の俺達の関係をがらがらと壊している。
―でも、
でも今はもう考えることをやめよう。思考を中断しよう。そうすれば、めちゃくちゃな本当の想いがすとんと堕ちてくる。もう何もかも俺の知ったこっちゃない。壊れるなら壊れればいい。世界でも宇宙でも銀河でもなんでもくれてやろう。この時間が続くなら全てを犠牲にし、何もかも捨て去ってもいいと思える。
そう思えるのはきっとは全て幼き故。![]()