今日は部活に先輩がこなかった。生徒会や係の仕事ないときはいつも1番に部活に来てるのに。宮地先輩にもどうしてもはずせない用事ができたとだけ書いたメールしか連絡がこなかったらしい。絶対何かがおかしい。先輩がそんな簡単に部活を休む人じゃないってみんな知ってる。どれだけ他の仕事が忙しくて部活に来れそうになくても少しは顔を出す。なのに今日僕は一回も先輩の顔を見ていない。部活中も、もんもんとその事ばかり気になって、口をついて出てくるのは二酸化炭素の塊。こんな風に僕が誰かに踊らされることがくるなんてな…と自嘲気味に呟く。部屋に帰ったら先輩に連絡をとろうと思いながら弓道場を後にする。

「…うわ」

真っ暗になった外にはいつの間にどしゃぶりの雨が降っていた。



雨の合間



仕方がないから、弓道場に置いてあった置き傘を拝借する。後でちゃんと返せば問題ない。いつもよりも早足で寮に向かう。跳ね返ってくる水が鬱陶しい。
ふと顔をあげるともうすぐ校舎の前だった。暗闇の中にいつもはない暗い影があることに気づいた。校舎の前にある植え込みで傘もささずにしゃがんで何かを探してる人がいた。というかそれは先輩だった。

「先輩!?」
「あれ?梓君?もう部活終わったの?」
「何してるんですか!?」
「あー、探し物だよ。探し物!見ればわかるでしょ?」

先輩が目を見て話さない。それは何か隠し事をするときの先輩の癖だった。

「僕も探すの手伝いますよ。」

傘を置いて先輩の隣にしゃがむ。

「大丈夫だよ!梓君も濡れちゃうから!ほらちゃんと傘さして!!」
「…自分は差してないくせに」
「私はいいんだよ、先輩だから。」
「こんな時ばっかり先輩権力使うのはずるいです。」

僕に傘を握らせながら先輩はやっぱり何かを隠すように笑った。 仕方がないから傘を先輩の上に持っていった。体に水が当たらなくなった原因を察した先輩はやっとこっちを見た。

「こら、梓君。ちゃんと自分にさしなさ「どうかしたんですか?」

先輩の言葉を途中で遮る。決してそう聞きたくて振り向かせた訳ではなかったけれど聞かずにはいられなくなったんだ。

「どうかって…?」
「先輩何か僕に隠してませんか。」
「…隠す?何言ってんの梓君?」
「じゃあ何探してるか教えてください。僕も探しますから。」
「…」

あーあ、黙らしちゃった…。 黙ってこっちを見ないようにしながら手を動かしだす先輩には迷いが見えた。 それからどれだけの間雨にうたれていただろうか。

「…ネックレス」

唐突に先輩が口を開いた。

「え?」
「昼休みにちょうど、この上の3階の窓のところで外を見てたの。そしたらネックレスの繋げてる部分が突然外れて、窓から落ちたの。すぐに探しにきたかったんだけどもう本鈴が鳴る時間でね、すぐに見つかると思ったから、とりあえず放課後に探そうと思っておいといたの。なんであの時すぐ探しに来なかったんだろうってすぐ後悔したんだけどね。……ねえ、なんでないの?あれだけ大切にしてたのに、返して…返してよ…!」

先輩は今にも泣き出しそうだった。誰に向かって言ってるのかきっと先輩にもわかっていない。だけど誰かに訴えないとやりきれないのだろう。
それからまた2人共喋らなくなったけど先輩は探す手を決してとめなかった。たぶんもうネックレスは見つからないだろう。でも先輩は諦めようとしなかった。あんな僕の気まぐれであげた安物のネックレスでもこれだけ先輩が執着していてくれたことが実は飛び上がるほど嬉しかったけど、今は考えないようにした。

「…もういいですよ」
「よくないよ」
「またあげますって」
「それじゃあ駄目なんだよ」
「その気持ちだけで十分あげてよかったって思えますから」
「それは梓君が思うだけでしょ?今ここで探すのをやめたら私は一生後悔する。」
「…もう帰りましょう?」
「梓君1人で帰って」
「2人で帰るんですよ」
「1人で帰ってって」
「駄々をこねるのやめてください」
「〜っ!もう!先輩の言うことちゃんと聞きなさいっ」
「先輩はちゃんと彼氏の言うことを聞いてください。」

勝った。やっと顔をあげた先輩はびっくりしたような顔をして、そして笑いだした。

「あーあ、何か言い負かされちゃったなー。ま、また明日探せばいっか。」
「諦めないんですか?」
「あたりまえじゃん。でもやっぱ梓君には適わないな」
「僕も先輩には適いませんよ」
「そう?梓君いつも余裕綽々じゃん」
「まあそう見えるように振る舞ってますから」
「うわっ可愛くない!」
「それは誉め言葉として受け取っときますよ」

そう言って、先輩は立ち上がって傘もささずに歩きだした。傘さして下さいよ・・と僕が呟くのを聞こえない振りして、僕と少し距離をとり、そして振り返って言った。

「…そういえば梓君、それ私の置き傘だよ?」
「え、あー、すいません。僕傘持って来てなかったんで借りちゃいました。」
「まあ、いいけどねー。じゃあさ!相合い傘して帰ろう!それで私が梓君を寮まで送「僕が先輩を送っていきます。」
「え、でも…」
「だめですよ先輩、僕を送っていくなんて。早く帰らないと風邪引きますよ?」
「大丈夫だよ、これだけ濡れたらもうあとどれだけ早く帰っても同じだよー」
「だめです!」
「…はい。」

こんなくだらない会話が今はどうしようもなく面白くて、2人で顔を合わして笑い、 それからどっちからともなく手を繋ぎ、また歩きだした。